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岡山地方裁判所 昭和42年(わ)621号 判決

被告人 竹内昭一

主文

被告人を懲役二年に処する。

但しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用はその全部を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、一、昭和四二年四月二日頃の午後八時三〇分頃、岡山県和気郡備前町香登本八六四番地松笠勇方前庭において、竹内忠志(当五九才)に対し、同人が同年三月五日開催された全猟岡山県支部猟野競技大会において被告人飼育犬である「ジヤツク」のハンドラーとならず、鷹取飼育犬であるロンこと「ケリー」のハンドラーとなつて入賞し、第二六回全日本猟野競技大会(以下東京大会という)への出場権を得たことに憤激し「東京大会にケリーを出場させるなら、犬の手足をへし折る、お前の手足もへし折つてやる」等と語気鋭く申し向けて脅迫し、暗に東京大会への出場権放棄を要求し、同人をしてその要求に応じないときは身体にどのような危害を加えられるかも知れないと畏怖させ、よつて同人をして東京大会への出場を断念させ、もつて同人をしてその行うべき権利を妨害し

二、前記鷹取、同竹内が同年一〇月一五日島根県三瓶高原で開催される中国チヤンピオン大会に前記「ケリー」を出場させると聞知して憤激し

(1)  同年九月二七日午後九時三〇分頃、和気郡備前町香登本九二七番地竹内忠志方において、同人に対し「おつさんよう考えにやいけまいが、また大会にロンを出す言いよるんか。出すんなら犬もお前も撃ち殺してやる。今年は山に行つても雉を撃つかお前を撃つかわからんぞ。」等と申し向けて脅迫し、暗に中国大会への出場権放棄を要求し、同人をしてその要求に応じないときは、生命身体にどのような危害を加えられるかも知れないと畏怖させ、同人をしてその行うべき権利を妨害しようとしたが、同人が警察の保護を求めたため、その目的を遂げず

(2)  前同日午後一〇時過ぎ頃、赤磐郡瀬戸町大内六二七番地鷹取希六方において、同人に対し「おどれ中国大会にお前とこの犬を出場させたらどうなるか位のことはわかつておろうがな。どうしても出場させんぞ。どうしても出場したらおどれを犬と一緒に撃ち殺してやる。おどれが行かす気だつたら今晩吉井川に放り込んでやる。おどれがわしと一緒に猟場であったらさざらにしてやるぞ。わしが猟に行かなくても若い者に行かせるからな。若い者は血の気が多いから気をつけて注意しておけ」等と約一時間にわたつて怒号して脅迫し、同人をして右要求に応じないときは生命身体等にどのような危害を加えられるかも知れないと畏怖させ、同人をしてその行うべき権利を妨害しようとしたが同人が警察の保護を求めたためその目的を遂げず

第二、同年六月二日頃の午後三時頃、前同所大内一〇〇四の二番地備前射撃場附近路上において、鷹取希六(当三二才)に対し、同人から掃除をせずにパネルを返還したと文句を言われたことに憤激し、「おどりやおおごとをぬかすなよ。三、四枚のパネルを貸しやがつて掃除をして返えせとは何事なら、そのようなことをおれに向つて言える柄か、人をなめるのもいいかげんにしておかんと撃ち殺すぞ」等と怒号して同人の生命身体に危害を加えるべきことをもつて脅迫し

第三、前同年七月一四日頃の午後六時頃、邑久郡長船町八日市五〇七の四番地大橋タイヤ商会前広場において前記鷹取が被告人講元の講に加入しないことに憤激し

一、右鷹取の右足をせつた履の右足で四、五回蹴りつけて同人に暴行を加え、

二、引続き右鷹取に対し、「若いものを寄せるのは訳はない。おどれのところの仕事ができないようにしてやる」等と怒号して同人の身体等に危害を加えるべきことをもつて脅迫し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

その一、

弁護人は、被告人が判示第二の犯行当時飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあつたと主張するが、前記関係証拠および証人浦上克己の当公判廷における供述によると、被告人は当時多少酒に酔つていたとはいえ、事理弁識の能力に影響を及ぼすほど深く酔つていなかつたことが明らかであるから、右の主張は採用しない。

その二、

弁護人は、判示第一の一について脅迫の事実は認めるが、竹内忠志が東京大会に出場を断念したのは被告人だけの行動が原因しているものではないから強要罪としては無罪であると主張する。

そこでこの点について検討するに、竹内忠志、鷹取希六の検察官に対する供述調書並びに証人鷹取希六の当公判廷における供述によれば、竹内忠志は自己がハンドラーとなつて岡山県支部猟野競技大会において入賞した鷹取飼育犬である「ロン」こと「ケリー」が東京大会への出場権を得、自己も又同大会にハンドラーとして参加することを楽しみにしていたものであるが、被告人より判示第一の一の如く脅迫されるにおよんで、被告人の言を無視して出場すれば自己の身体に如何なる危害を加えられるかも知れないと畏怖し、その結果同大会への出場を断念したことが認められ、「ケリー」の所有者である鷹取希六が同大会に「ケリー」の出場申込をしておきながら棄権したのは、竹内忠志より被告人から脅迫された事実とそれによって大会へハンドラーとして出場することを断念した旨を告げられたことから、竹内忠志と被告人の間に不祥事態が起こらないようにとの念慮と大会間近になつて竹内忠志の出場断念により急には適当なハンドラーが得られないことに原因していることが認められる。凡そ刑法二二三条一項は人の意思ないし行動の自由をその侵害から保護するにあるから、同条項にいう「行フ可キ権利」とは必ずしも法律上「何々権」と呼称されるような権利に限定されるものではなく、個人の自由として法的保護を受くべき領域にあれば足りるから、社会生活上人の名誉感情によつて支持される諸種の競技大会への参加出場権の如きも同条項にいう「行フ可キ権利」に該ると解するを相当とする。然して動物の品質、技能を競う競技大会において、その参加出場の権利者として該動物の所有者がこれに該ることは明らかであるが、本件の如くその競技に参加するためにはその所有者とは別に競技において該動物を操縦する者(ハンドラー)を必要とし、操縦した動物が競技会において入賞したり、全国競技大会に参加したりすることが、所有者の栄誉とせられるほかハンドラー自身の栄誉と社会生活上評価せられるような場合にはハンドラーの競技大会出場権は動物所有者の権利とは別個にそれ自体強要罪の保護法益たる「行フ可キ権利」に該ると解せられる。従つて一頭の動物の同一の競技大会への参加出場に関しても、その所有者と操縦者(ハンドラー)とが異なる場合にそれぞれに暴行又は脅迫を加え参加出場を断念せしめたときは二個の強要罪が成立する場合があり得る。

本件判示第一の一の場合において「ケリー」が東京大会への出場を棄権したことは直接的には「ケリーの所有者である鷹取希六の意思決定によるものではあるが、竹内忠志が「ケリー」のハンドラーとして東京大会に出場参加することとなつていたのを断念したのは前述のとおり被告人からの出場権放棄を要求する脅迫に畏怖した結果であつて、鷹取希六の「ケリー」出場断念の結果ではない。してみれば被告人の判示第一の一の所為は竹内忠志の身体に害を加うべきことを以て脅迫し、東京大会への出場権放棄を要求し、よつて同人をして東京大会への出場を断念させたもので、同人の行うべき権利を妨害したことに該るから、被告人の判示所為は強要罪の既遂を以て論断すべく、判示のとおり認定し、弁護人の主張は認容しない。

(法令の適用)

判示第一の一事実 刑法二二三条一項

判示第一の二各事実 刑法二二三条三項

判示第二、第三の二事実

刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項

(所定刑中懲役選択)

判示第三の一事実 刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項

(所定刑中懲役選択)

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第一の一の罪の刑に加重)

執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西尾政義)

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